薬事ニュース社
オピニオン

>>>女房の心配事<<<
 ある日突然、ひとりの男性が、視界が真っ白になる病を発症する。原因不明の「失明」は瞬く間に蔓延し、国中に感染、政府による隔離と封じ込め、軍隊による監視が始まる。極限の状況下に置かれた患者たちは、人間のグロテスクな本性を剥き出しにしていき、やがて混乱は、収容者であふれ返る病院から、社会全体へと拡大していく――。
 98年のノーベル文学賞を受賞したポルトガルの作家、ジョゼ・サラマーゴの代表作「白の闇」のあらすじだ。現在、世界中に感染が拡がりつつある新型コロナウイルス肺炎の報に連日、接するうち、ふとこの作品を思い起こした。同じくノーベル文学賞作家・カミュの「ペスト」など、「感染症対人類」のテーマは文学や映画の世界ではおなじみだが、相手が「未知の感染症」の場合、緊迫の度合いは増す。小説では、混沌と暴力が社会を支配するに至るのだが、もちろん現実の世界ではそのような事態には陥っていない。ただ、09年の新型インフルエンザの流行時(パンデミック)でさえ、マスクが品不足になるようなことはなかった。「買い占め」「転売」そして「盗難」……。そういった現象を目の当たりにすると、いささか不安に駆られる。
 WHOの2月7日の発表によると、世界のマスク需要は通常の最大100倍、価格も最大20倍に跳ね上がっているという。日本でも厚労省が、需要の急増を受け、関係団体にマスクの安定供給への協力を要請したが、品不足解消の見通しは立っていない。
 さて、我が家でも女房がマスク不足に頭を抱えている。新型コロナウイルスの感染に怯えている、わけではなく、花粉の飛散が本格化するこれからの季節をどう乗り切るかに頭を悩ませているのだ。マスクなしでは外出もままならない。花粉症患者には、新型コロナウイルスよりも深刻な問題か。ちなみに女房の実家では、押し入れに眠っていた09年当時のマスクが出てきたとか。やれやれ。なお、「白の闇」は、長らく入手困難だったが、3月に文庫で再発されるとの由。
(2020年2月28日掲載)