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オピニオン

>>>韓国映画『クロッシング』<<<
 話題の韓国映画『クロッシング』を観てきた。クロッシングとは「越境」のこと。テーマはもちろん脱北問題だ。
 舞台は北朝鮮の炭鉱の町。元サッカー選手のヨンスは妻と一人息子とともに、貧しくも幸せに暮らしていた。しかしある日、妻が結核で倒れてしまう。国内では薬を手に入れられないと悟った彼は、危険を顧みずに中国へと越境するが、間もなく妻は息を引き取る。残された息子は父を追いかけて……といった内容だ。北朝鮮の日常の描写については、細かな議論はあるものの概ね忠実という評判で、親子のやりとりも涙を誘う。『おくりびと』がなければ、この作品がアカデミー賞の外国語映画賞に……と思いたくなる作品だった。 さて、少々ネタバレになるかもしれないが、個人的に最も印象に残ったのは、ヨンスが亡命先で薬局を訪れ、母国では入手困難だった薬をタダで手に入れることができると知ったシーンだ。驚きや嬉しさよりも、母国の状況とのあまりの落差に茫然とせざるをえない、といった感じの表情が、過酷極まりない強制収容所のシーンよりも、ある意味で人間の命の“安さ”を痛感させたと思う。
 似たような表情を他の映画でも見たと思ったら、マイケル・ムーア監督が米国の医療制度問題を取り上げた07年の『シッコ』だった。こちらは同時多発テロ後のボランティア活動で肺を病み、高い薬代に悩まされていた患者が、敵国であり“発展途上国”であるキューバで、同じ薬がタダ同然で売られているのを見て愕然とする。一見、対極にあるように見える北朝鮮と米国で、どことなく似たようなドラマが繰り広げられている皮肉に、何だか複雑な思いにさせられた次第だった。
(2010年5月21日掲載)