薬事ニュース社
オピニオン

>>>審判の憂鬱<<<
 2022年プロ野球の最大の関心事は千葉ロッテのプロ入り3年目、佐々木朗希投手の怪腕ぶりだろう。4月の対オリックス戦では、プロ野球タイ記録の19奪三振で完全試合を達成。続く日本ハム戦でも、同点の8回に降板したものの、一人の走者も許さない「完全投球」を継続し、前人未到の「2試合連続完全試合」にあと1歩のところまで漕ぎ着けた。さすがに次のオリックス戦では、疲れもあったのか、前2試合のような完璧な投球は見られなかったが、今度は別の面でスポットを浴びた。ボールの判定に対して苦笑いを浮かべるなど、再三にわたり不服そうな態度を示した佐々木投手に、球審が詰め寄るというハプニングが起こったのだ。
 これには賛否両論が巻き起こったが、真っ先に思い出したのは、2018年に亡くなった米国人作家フィリップ・ロスが、1973年に発表した「素晴らしいアメリカ野球」。主人公のギル・ガメッシュは、架空のプロ野球リーグナンバーワンの剛腕投手だが、態度は傲慢で、審判すら手に負えない。しかし、この尊大な無頼漢にも毅然と振る舞う審判がひとりだけいた。当然ながらギルはこの審判の判定がいつも気に喰わない。不満が鬱積し、とうとう報復に打って出る。何と明確な殺意のもと、審判の喉元を狙って、剛速球を投げ込む。そして、彼は野球界から追放される。もちろん、このような突拍子もない出来事は小説の中だけでしか起こりえないが(多分)。
 ともあれ、審判は報われない職業ではある。常に正確な判定を要求される一方、誤審は鋭く批判される。現在はビデオ判定の導入で、判定が覆ることもしばしば。それでも、ストライク、ボールの判定は「絶対」とされる。昔、「王ボール」という言葉があった。世界のホームラン王である王貞治選手は選球眼も抜群で、王選手が見逃した球は、たとえストライクに見えても、審判が思わずボールと判定してしまうといわれた。何とも人間臭いエピソードだ。そのような鷹揚な時代はとうに過ぎ去ったとはいえ、審判も人間。間違いも犯せば、カッとすることもある。すべてをビデオ判定に委ねてしまうのでは味気ない。人間臭さもまた、スポーツの醍醐味のひとつなのだから。
(2022年5月20日掲載)