薬事ニュース社
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>>>R.I.P.マイケル・ジャクソン<<<
 昔、1人の男が船の難破で落命した。何も知らないその妻は、故郷(くに)で夫の帰りを信じ、女神ヘラに祈り続ける。困ったヘラの意を踏まえた夢の神モルペウスは、喪装の夫に扮して妻の夢に現れ、「自分は死んだ」と語りかけた。それにより妻は夫の死を知る――。ギリシャ・ローマ神話のひとつだが、医療用麻薬『モルヒネ』の名は、その夢を誘発する特徴から夢の神モルペウスにちなむ。
 先月、亡くなり世界に衝撃を与えたマイケル・ジャクソン。未確認の死因には薬物の多量摂取が疑われており、常習疑義もある。当該薬物は、モルヒネに代わる化学合成鎮痛剤『デメロール』(塩酸ペチジン注射液)等のようだが、彼の『モルヒネ』という曲で悲しげに連呼されている薬剤でもある。人々を歌や踊りで夢心地にしてきた彼は、自らそれを得るためにはモルペウスの力にすがるしかなかったか。晩年、旬の過ぎた観は顕著だったが、なお、あらゆるエンターテナーの中で白眉であったことは間違いない。彼の魅力に感銘するファンには、夢でモルペウスに事実を告げられたとしても、その死は受け入れがたく、むしろ夢の中で生き続けることだろう。
 モルヒネなどの医療用麻薬だが、高齢化、在宅医療へとの流れの中で、本邦でも今後ますます重要な役割を託される。終末期医療では患者の痛みや不安、恐怖を緩和し、本来の意味で“夢心地”を提供する夢の神の顔を持つ。一方で強い習慣性などの悪魔の顔も有す。今回、後者の顔で偉大なエンターテナーの命まで奪ったとされ、人々の話題に上るのは不幸なこと。今後、マイケルの死との関係は、明らかにされるかもしれないし、されないかもしれない。いずれにせよ、全てのしがらみから開放された彼に今、只々、願う。
 R.I.P.(安らかに眠れ)マイケル。
(2009年7月24日掲載)