オピニオン

一年の疲れを癒すには

 「フォークナーとフィリップ・K・ディックの小説は、神経がある種のくたびれかたをしているときに読むと、とても上手く理解できる」。村上春樹著「ダンスダンスダンス」の主人公の台詞だ。例年、きまって昔読んだ古典の類を再読したくなる時期が一度はあるのだが、それが年末から正月にやってきた。で、去年は何かと神経をくたびれさせる出来事が多々あった一年なので、フォークナーの「響きと怒り」で年を越した。上手く理解できたかどうかは自信がないが、以前よりもすんなりと腹に落ちた。これもくたびれていたおかげだと思えば、たまに疲弊するのも悪いことばかりではない、と気をよくして、正月に相応しく次はディックの「去年を待ちながら」あたりでも、と目星をつけていたところ、前触れなく、もっと不穏なものが読みたくなり、一転、ブレット・イーストン・エリスの「アメリカン・サイコ」に方向転換。そして、読み始めていくらもしないうちに、なんでまた唐突に、すっかり流行遅れのサイコキラーものを読み直したくなったのか、何となく分かった。80年代後半、リーマンショックのはるか以前のウォール街を舞台とするこの小説の主人公であるビジネスエリートが英雄と崇めるのは、かのドナルド・トランプで、作中やたらと、少なくとも10回以上は、名前が出てくるのだ。そういえば8年前、オバマ大統領が初当選した大統領選挙の際には、確かフォークナーの「八月の光」(主人公は白人と黒人の混血の男性)を読み直していたはず。4年前の記憶は定かでないが、米大統領選のあった年には、無意識裡に関連(?)のありそうなものを読みたくなるらしい。奇しくもこの新聞の発行日は、ドナルド・トランプ米国大統領就任の日と重なった。いやはや世界はどうなることやら、小説ばりのアメリカン・サイコな時代が到来するのかなあ、などとあれこれ考えていたら、一年の疲れを癒すどころか、逆にどっと疲れてしまった。



(2017年1月20日掲載)



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